太宰治作第三弾『ダス・ゲマイネ』です。
一 幻燈
當時、私には一日一日が晩年であつた。
戀をしたのだ。そんなことは、全くはじめてであつた。それより以前には、私の左の横顏だけを見せつけ、私のをとこを賣らうとあせり、相手が一分間でもためらつたが最後、たちまち私はきりきり舞ひをはじめて、疾風のごとく逃げ失せる。けれども私は、そのころすべてにだらしなくなつてゐて、ほとんど私の身にくつついてしまつたかのやうにも思はれてゐたその賢明な、怪我の少い身構への法をさへ持ち堪へることができず、謂はば手放しで、節度のない戀をした。好きなのだから仕樣がないといふ嗄れた呟きが、私の思想の全部であつた。二十五歳。私はいま生れた。生きてゐる。生き、切る。私はほんたうだ。好きなのだから仕樣がない。しかしながら私は、はじめから歡迎されなかつたやうである。無理心中といふ古くさい概念を、そろそろとからだで了解しかけて來た矢先、私は手ひどくはねつけられ、さうしてそれつきりであつた。相手はどこかへ消えうせたのである。
※本文より冒頭部分を引用
著者 | 太宰治 |
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タイトル | ダス・ゲマイネ |
著者紹介 | 生1909年(明治42年)6月19日 、没 1948年(昭和23年)6月13日 本名、津島修治(つしましゅうじ)。昭和を代表する日本の小説家。津軽の大地主の六男として生まれる。共産主義運動から脱落して遺書のつもりで書いた第一創作集のタイトルは「晩年」(昭和11年)という。この時太宰は 27歳だった。その後太平洋戦争に向う時期から戦争末期までの困難な間も、妥協を許さない創作活動を続けた数少ない作家の一人である。戦後「斜陽」(昭和 22年)は大きな反響を呼び、若い読者をひきつけた。 |
総ページ数 | 73P |
カテゴリ | 純文学 |
電子書籍作成日 | 2011/2/3 |
著作権 | 著作権消滅(PD) 文化庁自由利用(コピOKー、障害者OK、学校利用OK) |
フォーマット | PDFファイル(DRMフリー) |
備考 | iNovel形式。ルビあり。 |
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